札幌高等裁判所 昭和34年(ネ)201号 判決 1963年4月20日
控訴人(被告) 北海道知事
被控訴人(原告) 有塚弥五兵衛 外一名
主文
原判決を左のとおり変更する。
控訴人が被控訴人ら共有にかかる原判決末尾添付目録記載(ハ)の土地につき買収期日を昭和二四年七月二日としてなした買収処分は無効であることを確認する。
被控訴人らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じこれを三分しその一を控訴人の負担その余を被控訴人らの負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は被控訴人らにおいて
(一) 原判決末尾添付目録記載(ハ)の土地(以下本件(ハ)の土地と略称する)については訴外北海道農地委員会(以下単に道農委と称する)において昭和二四年一二月二八日付を以て、従前被買収地を長沼村字馬追原野三、二一七番地原野二町五反歩、所有者を有塚弥五郎、買収期日を昭和二四年七月二日と表示して樹立した買収計画を変更して地番を三、二一六番地、所有者を有塚弥五兵衛と訂正する旨公告したけれども、控訴人知事が発行した買収令書並びにその交付に代える公告には地番を三、二一七番地、所有者を有塚弥五郎と表示されているから、右買収令書の交付に代える公告によつては被控訴人ら共有の本件(ハ)の土地につき買収の効果を生ずるに由ないものというべきである。
(二) 原判決末尾添付目録記載(ロ)の土地(以下本件(ロ)の土地と略称する)につき被控訴人らと訴外森出梅吉との間に控訴人主張の売買契約を締結したことはこれを否認する。仮りに右売買契約締結の事実が認められるとしても、控訴人の不法な買収処分を免れるために被控訴人らが訴外森出梅吉と通謀してなした虚偽の意思表示に基づく無効のものであると附加陳述し、
控訴代理人において
(一) 本件(ロ)の土地ついては被控訴人らにおいて昭和二四年三月二三日訴外森出梅吉に対し代金一一〇、〇〇〇円で売渡し本件買収処分の当時既に該土地の所有権を有しなかつたものであるから、被控訴人らは右(ロ)の土地に対する買収処分の無効確認を求める利益を有しない。
(二) 本件買収処分の目的である原判決末尾添付目録記載(イ)の土地(以下本件(イ)の土地と略称する)及び本件(ロ)(ハ)の各土地は登記簿上は被控訴人両名の共有名義となつているが被控訴人弥五兵衛は道農委に対する異議申立において本件(イ)(ロ)土地は被控訴人正心の所有、本件(ハ)の土地は自己の所有であると申立たので道農委が本件(イ)(ロ)土地につき所有者を被控訴人正心本件(ハ)の土地につき所有者を被控訴人弥五兵衛として買収計画を樹てたのであるから、これに基づく買収処分は違法ではない。仮りに本件(イ)(ロ)の各土地につき被控訴人弥五兵衛、本件(ハ)の土地につき被控訴人正心の各共有持分を看過してなした違法が存するとしても、被控訴人らはいずれも右各土地につき買収計画が樹立されこれに基づいて買収処分がなされたことを当時知り得ているのであるから買収処分確定した以上右の違法を買収処分の無効原因として主張することは許さるべきでなく、仮りにそうでないとしても右買収処分は本件(イ)(ロ)の土地につき被控訴人正心の(ハ)の土地につき被控訴人弥五兵衛の各共有持分に関する限度においては有効で買収処分全部の無効を来すものではない。
(三) 本件(ハ)の土地については買収計画に対する異議申立につき裁決がなされる前に買収計画の認可及び買収令書の交付手続がなされた違法が存するけれども、右の違法は後に買収計画に対する異議申立につき棄却決定がなされ、且つ買収対価が受領されていることにより治癒されたものと解さるべきである。
と附加陳述した外原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。(但し原判決末尾添付目録中原野八町五反七畝歩とあるは原野八町九反七畝歩と訂正する。)
当事者双方の証拠の提出、援用、認否は、……(証拠省略)……の外、原判決事実摘示の証拠関係部分と同一であるからこれを引用する。
理由
(一) 本件(イ)及び(ロ)の土地に対する買収処分について。
本件(イ)(ロ)の土地は登記簿上被控訴人らの共有名義となつていたところ、北海道農地委員会の定めた買収計画に基づき控訴人知事が右土地を未墾地として昭和二四年七月二日を買収期日とする買収令書をもつて旧自作農創設特別措置法(以下単に自創法という)第三〇条の規定による買収処分をしたことは当事者間に争いがない。
控訴人は本案前の抗弁として本件(ロ)の土地は被控訴人らが昭和二四年三月二三日訴外森出梅吉に売渡し本件買収処分の当時既に右土地の所有権を有しなかつたものであるから被控訴人らは該土地につき買収処分の無効確認を求める利益を有しないと主張するので先ずこの点について按ずるに、当審証人森出吉生一、同森出つるよの各証言並びにこれにより成立が認められる乙第七号証の一及び二を綜合すると、被控訴人らは控訴人主張の日訴外森出梅吉との間に本件(ロ)の土地につき代金を金一一〇、〇〇〇円と定め代金完済のとき所有権を買主森出梅吉に移転する約旨の売買契約を締結しその頃右代金の内金八〇、〇〇〇円の授受を了したけれども、残代金の授受並びに所有権移転登記手続を経由する以前に本件(ロ)の土地につき未墾地買収の公告がなされたため結局売買を完結せしめるに至らなかつたことが認められ、右認定に抵触する被控訴本人正心の当審における供述及び被控訴本人弥五兵衛の当審における第三回供述は措信することができず他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。従つて被控訴人らが本件各土地の所有権を失つたことを前提とする控訴人の右本案前の抗弁は理由がない。
そこで進んで本件(イ)(ロ)の土地に対する買収処分に被控訴人ら主張のような違法があるかどうかについて順次判断する。
(1) 所有者の表示について。
本件(イ)(ロ)の土地に対する買収計画及びその公告並びに買収令書及びその交付に代える公告に所有者を有塚正志と表示されたことは当事者間に争いがないところであるけれども、右は単純な誤記であつて被控訴人有塚正心を表示する趣旨であることを被控訴人らが右計画樹立の当初から知つていたことは被控訴人有塚弥五兵衛の当審における第二回供述により真正に成立したものと認められる乙第一号証により明瞭であるからこれによつて買収手続の効力を左右するに足りない。
(2) 所有者の認定について。
本件(イ)(ロ)の土地に対する買収計画並びに買収処分は右土地が被控訴人正心の単独所有に属するものとしてなされたことは当事者間に争いがないところ、成立に争いない甲第五号証の一、二、三、証人堀田数馬の原審及び当審における各証言、被控訴本人弥五兵衛の原審並びに当審における各供述(当審第一回)と被控訴本人正心の当審における供述とを綜合すれば、本件(イ)(ロ)の土地は本件(ハ)の土地と共に昭和二一年八月二〇日被控訴人弥五兵衛が訴外堀田数馬と共同して当時の所有者訴外松宮藤太郎から買受け各二分の一の持分を取得し翌二一日その旨の取得登記を了し、被控訴人正心は昭和二二年五月二〇日訴外堀田から右各土地に対する同人の持分二分の一を買受け同日その旨の取得登記を了したことが認められる。従つて本件(イ)(ロ)の土地に対する買収処分には登記簿上の所有者と被買収者とが符合せず被控訴人弥五兵衛の共有持分を看過してなされた瑕疵の存するものといわなければならない。併し乍ら成立に争いない乙第二号証、第一〇号証、第一一号証、被控訴本人弥五兵衛の当審第二回供述により成立が認められる乙第一号証、原審証人坂内恒郎当審証人吉田明貞の各証言及び当審における被控訴本人正心の供述と当審における被控訴本人弥五兵衛の第一、二回各供述と弁論の全趣旨とを綜合すれば、被控訴人弥五兵衛は被控訴人正心の実兄で僧侶として本件土地所在長沼村外に居住する被控訴人正心のために自から出金して本件(イ)(ロ)(ハ)の持分権を取得し同人から右各土地の管理処分一切の権限を委任されていたのであるが、右土地全部を耕地として使用する場合被控訴人弥五兵衛の農地保有制限面積を超過することになる等の事情もあつて、長沼町長に対し本件(イ)(ロ)の土地は被控訴人正心の権利に属し、本件(ハ)の土地は自己の権利に属する旨を申告したので、道農委は公簿面を調査することなく、右申告に依拠し本件(イ)(ロ)土地は被控訴人正心の所有と認め本件(ハ)の土地は被控訴人弥五兵衛の所有と認めて未墾地買収計画を樹てたのであつて、被控訴人弥五兵衛はこれを知つて、右買収計画に対し昭和二四年二月二七日被控訴人両名連名の異議申立書を道農委に提出したのであるが、右異議申立が同年五月一六日棄却されて後は買収計画ないし買収処分に対しこれが取消を求めるための訴願出訴の方法を採ることなく買収処分確定したことが認められるから、かかる場合右異議棄却決定後における買収令書に前記瑕疵存するも被控訴人弥五兵衛は右買収処分に自己の共有持分を看過してなした違法あることを理由として本訴において更にその無効を主張することは許されないと解すべきである。
(3) 未墾地の認定について。
前顕乙第一号証、同第七号証の一、証人中田仲男の原審、当審における各証言により真正に成立したものと認められる甲第九号証の一、二、原審証人木村一雄、羽下福松、川辺八蔵、沢田沢次郎、上市一生、当審証人池尻駒太郎、三上好男、加納秀之進、森出吉生一の各証言、証人中田仲男の原審並びに当審における各証言と、原審証人森出宏、浅井安治、当審証人林千松の各証言の一部、原審及び当審における証人堀田数馬、佐伯岩雄の各証言の一部、被控訴本人弥五兵衛の原審並びに当審における各供述(当審第一、二回)の一部と原審及び当審における各検証の結果とを綜合すると、本件(イ)(ロ)の土地は(ハ)の土地と共に昭和一二年頃から同一七年頃まで水田として耕作されて来たが戦時耕作が廃止され水田の原形のままで荒廃のままに放置されて来たために昭和二三年九月道農委が旧自創法第三〇条により未墾地買収計画を樹てた際においては柳が生え雑草が地上に繁茂し地目である原野にふさわしい形状であつたが、右各土地は西は西三線道路に東は西二線道路に北は南五線道路に区画された一団の土地を形成し、地面は平坦で右各道路に沿つて用水路が設けられていて近傍の水田に隣り合つており、雑草を刈取るときは畔と用水路の跡が自然に磨損されながらも残存し、これを水田に復旧するためには柳を切り取り、抜根し、雑草を除去すれば、二頭立の馬鍬にかけて容易に耕し得られ、一年度の水稲の収穫は半作程度なるも三年目で完全に復元することができ、一般の未墾地開発の場合における如く、地ならし、地形の造成、用水路の開さく、砂礫の除却又はよく土の盛上げ等困難な農地造成作業を要しないで、農地に復元できる状況にあつたこと従つて右各土地は荒廃化した既墾地で、現状農地ということができないけれども、これに農家が自作のための開墾に従事するとき即ち右土地と自作農の正当な権限に基く耕作意思とが結合されるものと認むべき復旧作業が土地に加えられるときはじめてこれを耕作の用に供される農地と認むべき状況にあつたことが認められる。尤も前顕各証拠によれば被控訴人弥五兵衛は昭和二二年春頃から本件各土地をもとの水田に復旧すべく昭和二三年秋頃までの間に本件各土地のほぼ全地域にわたり雑草を刈取り柳を一部除去し、本件(ロ)の土地の南隅五〇坪に地盛りして住宅用地を造成し、かつ昭和二二年春本件(ロ)の土地の南側一部約三反歩に馬鍬を入れて大豆、とおもろこしの種を素蒔したけれども殆んど収穫なくその秋に雑草の中に一部立ち枯れしたに過ぎず、結局右開墾着手によつては右荒廃化した非農地の現状を変更して農地化するまでには至らなかつたことが認められ、前示乙第一、二号証及び原審証人坂内恒郎、当審証人吉田明貞の各証言によれば被控訴人両名は昭和二四年二月二七日道農委に本件(イ)(ロ)の土地買収計画に対し右未墾地を開墾する準備を整え農営起業中であることを理由に異議を申立て、後に口頭で右土地を他人に譲渡したことを理由に右買収計画を取消されたい旨申述したので、道農委は被控訴人正心は不在地主であつて、農地保有面積を超過すべき事情にあつた被控訴人弥五兵衛が自作農として本件(イ)(ロ)の土地を開墾して耕作する真意ないものと判断し、専ら本件(イ)(ロ)土地の現況のみに則してこれを未墾地と認め自己の樹立した右土地を目的とする未墾地買収計画を維持し被控訴人等の異議を棄却したことが認定できる。証人森出吉生一の当審における証言によれば被控訴人弥五兵衛が昭和二三年末頃本件(イ)(ロ)の土地を他に売却の意図を有し買手を求めていたことが窺知できるから、道農委が本件(イ)(ロ)の土地を現況が自創法第三〇条所定の開墾最適の未墾地と認定して買収計画を樹てたことに法律上認められた裁量の範囲を逸脱した違法瑕疵あることなく、従つてこれに基きなされた控訴人北海道知事のした買収処分についてもかかる違法瑕疵がないものといわなければならない。
従つて本件(イ)(ロ)の土地に対する未墾地買収処分に被控訴人ら主張の無効原因が存するとの被控訴人らの主張は理由がない。
(二) 本件(ハ)の土地に対する買収処分について。
当初道農委が本件(ハ)の土地につき当初地番を馬追原野三、二一七番地、被買収者を北海道拓殖銀行と定めて未墾地買収計画を樹立したが後に被買収者を上坂シゲと訂正し、更らに北農委員の決議によつて右買収計画を変更して地番を三、二一六番地に訂正し所有者を有塚弥五郎、買収期日を昭和二四年七月二日と定めて昭和二四年一二月二八日右変更した買収計画を公告し、控訴人北海道知事が右買収計画を認可して買収令書を被控訴人弥五兵衛に交付しようとしたが、同被控訴人がその受領を拒絶したので控訴人知事が昭和二五年二月一七日その交付に代えて公告をしたことは当事者間に争いがない。よつて右買収処分に被控訴人ら主張の違法があるかどうかについて順次判断する。
(1) 所有者及び被買収地の表示について。
成立に争いない甲第一〇号証の一及び二並びに当審における被控訴人弥五兵衛の第二回供述によれば控訴人北海道知事が本件(ハ)の土地に対するものとして発行した買収令書並びに買収令書の交付にかえてなした公告に被買収地を長沼村字馬追原野三、二一七番地原野二町五反歩、所有者を有塚弥五郎と表示されたこと(所有者の表示の点は当事者間に争いがない)が認められる。被買収者氏名の誤謬は道農委の事務取扱の不手際による単純な誤記であつて、被控訴人弥五兵衛においても終始熟知するところであるから一連の買収処分を違法ならしめるものということができない。しかし地番の不一致は対物処分とも解し得られる未墾地買収処分の客体の相違であつて、これと趣を異にするものというべく、本件において長沼村字馬追原野三、二一七番地原野二町五反歩の土地は本件(ハ)の土地と登記簿上の地目面積において同一であるけれども本件(ハ)の土地とは別個に存在し訴外上坂シゲヲの所有に属することは控訴人の自認するところである。従つて右買収令書並びにその交付に代える公告に他人所有土地の地番を誤つて記載されていることは先きに認定したとおり本件(ハ)の土地に対する買収計画の要件につき度々に亘り誤謬が繰返されていることに徴するも単純な事務取扱上の不手際による誤謬と解することができず、買収手続の効力に影響を及ぼすべき瑕疵ある場合といわなければならない。たとい被買収者である被控訴人らにおいて右買収令書に掲載された地番が本件(ハ)の土地のそれの誤りであることを知つてその受領を拒み、後に右土地の対価供託金の還付を任意に受けたことが当審における証人吉田明貞の証言により成立が認められる乙第六号証の一ないし三、前示乙第八号証の五によつて認められ又本件(ハ)土地の買収計画に対する被控訴人両名の異議申立を買収令書の発行後に道農委員において棄却したことは後記認定のとおりであるけれども、いまだこれ等の事実によつては右買収令書発行の瑕疵違法は治癒され得ないものと解すべきである。
(2) 所有者の認定について。
本件(ハ)の土地が公簿上被控訴人両名の共有であるのに買収計画並びに買収令書の発行が被控訴人弥五兵衛の単独所有としてなされたことは先きに認定したとおりであるから右土地買収処分は被控訴人正心の共有持分を看過してなされた違法あるもののようであるけれども、本件(ハ)の土地についても被控訴人正心は右土地の管理処分の権限を被控訴人弥五兵衛に委託しており、被控訴人弥五兵衛において自己保有農地の制限に抵触しない右土地の開墾、農営を自己の手によつて行うことを予定して右土地の所有者を被控訴人弥五兵衛として長沼町長に申告したことを根拠として道農委が被控訴人弥五兵衛の単独所有と認定したもので、このことを終始被控訴人両名において知つていたことが先きに認定したとおりであるから、被控訴人両名は本件(ハ)土地に対する買収処分に共有者被控訴人正心の共有持分を看過してなされた瑕疵あることを主張することができないものといわなければならない。
(3) 自創法第八条に違反する違法ありとの点について。
本件(ハ)の土地に対する買収計画に対し被控訴人らが昭和二五年一月一六日道農委に異議申立をしたところ、道農委は同年三月三〇日これを棄却しその頃被控訴人らに対しその決定書謄本を送付したこと、ところが右決定の以前に控訴人知事が買収計画を認可して本件買収処分をしたことは当事者間に争いがない。然るに自創法第三一条、第八条によれば知事が未墾地買収計画を認可するについては、買収計画に対する異議の決定、訴願の裁決を待つてこれをなすべきものとされているから、異議の決定前に控訴人知事が買収計画を認可してその後の手続を進めたことは右法条に違反する違法のあることは明らかであるが、右の違法は買収処分の重大な瑕疵としてその無効原因を構成するものと解すべきでなく、後に異議棄却の裁決がなされたことにより右瑕疵は治癒されたものと解すべきである。(最高裁判所昭和三二年(オ)第二五二号、同三四年九月二二日判決参照)
(4) 未墾地の認定について。
本件(ハ)の土地が昭和一八年前までは水田で稲作の目的に供せられた農地であつたが戦時農耕が廃せられて自然の荒廃に委ねられ昭和二二年春頃にはその外観において原野ではあるが水田の形骸を留め復旧の容易な荒廃既墾地の要素を備えていたところ被控訴人弥五兵衛が昭和二二年春頃から翌二三年秋にかけて雑木雑草を除去して開墾に着手したとき本件(ハ)の土地を目的として未墾地買収計画が樹てられたことは前示認定のとおりであるところ、成立に争のない乙第四、五号証、甲第五号証の一、同第九号証の一ないし三、真正に成立したものと認める乙第三号証並びに原審証人藤木兼雄、川辺八蔵、酒井善太郎、森出宏、浅井安治の各証言、原審並びに当審における検証及び被控訴本人有塚弥五兵衛尋問(当審第一、二回)の各結果を綜合すれば被控訴人弥五兵衛が昭和二四年雪融後本件(ハ)の土地を完全農地に開発するために仮設小屋を設け、土地に火を入れ、排水路、畔を修理のうえ、柳を抜根したが同年春控訴人北海道知事は右土地の使用停止及び物件収去命令を発して被控訴人弥五兵衛の農地造成作業を禁止したのであるが、右禁止がなされなかつたならば被控訴人弥五兵衛は自己及び被控訴人正心のために完全農地に復旧し、稲を植付け同年度において平年作の約半分の稲の収穫を挙げ得たであろうことが認定できる。本件(ハ)の土地を目的として道農委が当初樹立した未墾地買収計画及びその公告手続には目的地番の表示(同一地番に他人所在地あることは前示認定のとおり)及び被買収者を誤つて被控訴人ら以外の者が表示されていたことは先きに認定したとおりであるから、右買収計画は要件を誤つた無効のものであつて、昭和二四年一二月二八日道農委の決議により変更された買収計画が公告されたときに被控訴人らに対しはじめてその効力を生ずべく、その以前になされた行政庁の違法な右土地立入禁止処分がなかつたならば被控訴人らにおいて本件(ハ)の土地を完全に水田に復元して同年一二月までに水稲の収穫を得たであろうことが認められるかぎり、道農委が本件(ハ)の土地が完全農地であるのに誤つて未墾地と認定した瑕疵違法がある場合となんら区別さるべき理由がなく、この認定を誤つた未墾地買収計画に基づいてなされた本件(ハ)の土地買収処分の瑕疵違法は重大且明白のものといわなければならない。
従つて本件(ハ)の土地に対する未墾地買収処分はその買収令書発行につき土地の地番を誤つた手続上の瑕疵のほかに前提要件たる目的土地の未墾地認定を誤つた違法があつて、右両者を併せ考えるも右違法瑕疵は重大且明白な場合に相当し、後者の点だけを分離してもなお法律上右行政処分の無効原因あるものというべきであるから、被控訴人両名の控訴人北海道知事に対する本件(ハ)の土地二町五反歩につきなされた農地買収処分の無効確認を求める本訴は理由がある。
従つて被控訴人らの控訴人に対する本訴請求中右認定の限度における請求部分は正当として認容すべく、その余の(イ)(ロ)の土地に対する買収処分の無効確認を求める部分は失当として棄却すべきである。
よつてこれと一部符合しない原判決を変更することとし、民事訴訟法第三八六条第九六条第八九条第九二条第九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 南新一 輪湖公寛 藤野博雄)
原審判決の主文、事実および理由
主文
被告が昭和二四年七月二日付買収令書をもつて原告ら共有にかかる別紙目録記載の土地についてした買収処分が無効であることを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一、原告らの請求の趣旨およびこれに対する被告の答弁
原告らは主文と同趣旨の判決を求め、被告指定代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。
第二、請求の原因
(一) 原告有塚弥五兵衛は訴外堀田数馬とともに昭和二一年八月二〇日別紙目録記載の土地(以下本件土地という)を訴外松宮藤太郎から買い受けてその共有者(各二分の一の持分)となり、同月二一日その旨の取得登記を了した。原告有塚正心は昭和二二年五月二〇日訴外堀田から右土地に対するその持分を買い受けて同日その旨の取得登記を了した。
被告は昭和二四年七月二日付買収令書をもつて原告ら共有の右土地は未墾地であるとして自作農創設特別措置法(以下自創法という)第三〇条の規定により、これを買収した。
(二) しかしながら右買収処分は左の点でかしがある。
a 右のごとく本件土地は原告らの共有であつて、その事実は登記簿上明白であるのにかかわらず、右買収処分の前提である買収計画・その公告は(イ)・(ロ)の土地については原告正心とも異る有塚正志の、また(ハ)については原告弥五兵衛とも異る有塚弥五郎の各単独所有として記載されその後の買収令書、およびその交付に代わる公告にも右のごとく記載して手続をすすめている。
b また(ハ)の土地は当初の買収計画においては長沼町字馬追原野三、二一七番地と表示し、(右地番の土地は別に存在し、その所有者は当時上坂シゲである)はじめは所有者を北海道拓殖銀行ついで訴外上坂シゲと訂正したが、その後北海道農地委員会(以下道農委という)において買収計画を変更し、昭和二四年一二月二八日付をもつて地番を訂正し、所有者を有塚弥五郎として公告した。これに対し原告らは同二五年一月一六日道農委に異議の申立をしたところ、道農委は同年三月三〇日これを棄却し、そのころ原告らに対し、その決定書謄本を送付した。ところが右決定以前に被告は買収計画を承認して原告弥五兵衛に買収令書を交付しようとしたので名義も異るところから同原告がその受領を拒否したところ、被告は同年二月一七日その交付に代えて公告をして、原告らの右買収計画についての不服申立の途を奪つた。
c さらに本件土地は未墾地ではなく既墾地である。
すなわち、本件土地は大正三年国の払下げ以後所有者らにおいて農作をなし、その後同地の土功組合において本件土地を含む附近一帯を水田にする計画を立てその所有者から組合費を徴収して用水路を設けるなどその計画をすすめて来た。そして第二次大戦前数年間は当時の所有者において本件土地を水田に造成し水稲の栽培をしていたが戦時中数年間は人手不足のため荒廃していた。原告有塚弥五兵衛は昭和二一年八月訴外堀田とともに本件土地を買い受けるやただちに本件(ロ)の土地のうち南側五町歩について人夫を雇い入れてこれを開墾し、大豆・とうもろこしなどの作付けをし、その外の本件土地については翌二二年五月から原告らにおいて多数の人夫を雇つて立木・雑草を除去し、排水路、畔の修理をして水田耕作をするための準備をし、また農業経営に必要な居宅を建設するため、敷地の地盛りをして同二三年秋にこれらを完了した。そして翌二四年四月に馬耕して水稲を栽培しようとしていたところ同年二月被告から本件土地への立入りを禁止されたため、現実に水稲栽培をすることができなかつた。
以上のように本件買収処分のかしは重大且明白なものであるから右処分は無効である。よつてその確認を求めるため本訴請求に及ぶ。
第三、右に対する被告の認否および主張
(一) 原告ら主張の(一)の事実のうち当時本件土地が登記簿上原告ら両名の共有名義となつていたこと、その主張の日時に本件土地を買収したことは認めるがその余の点は否認する。(二)のa・bの事実は認める。同cの事実のうち本件土地が既墾地であるとの点は否認する。
(二) 原告らは本件土地は既墾地であると主張するが、原告らが本件(イ)・(ロ)の土地の買収計画について異議の申立をした際「右土地は原野であるが開墾の計画を立て今日に至つたが今もつて完全な耕地とはなつていない。」とか「右土地は由仁町在住の森出梅吉に譲渡したから除外されたい」旨の申出をなしていたもので、当時原告ら自ら耕作の意思がないことを表明し、かつ農地でないことを認めていたものである。本件土地はむかし水田として四、五年利用されていたらしいが買収当時まですでに一五、六年間荒廃したまま放置されていたもので雑木雑草が繁茂しとうてい農地として認められない状態にあつた。
第四、証拠関係<省略>
理由
原告ら主張の(一)の事実のうち当時本件土地が原告らの共有として登記されていたこと原告ら主張の日時に本件土地が買収されたことは当事者間に争いがなく、その余の事実は証人堀田数馬、原告有塚弥五兵衛本人の各供述により明かであり、右認定に反する証拠は何もない。また(二)aの事実もまた当事者間に争いがない。
原告らは本件土地は原告らの所有であるのに本件(イ)、(ロ)の土地については所有名義を有塚正志・(ハ)の土地については所有名義を有塚弥五郎と表示して買収手続をすすめたから本件買収処分は無効であると主張するけれどもそれは前者については有塚正心、後者については、有塚弥五兵衛と記載すべきところ誤つてかかる記載をしたものであることはその主張自体から看取することができ、もとよりかかる記載をしたからと言つて原告らと同一性のない仮空の者を被買収地の所有者として表示したということができないから右主張は理由がない。
前記認定のとおり本件土地が本件買収当時原告らの共有(各二分の一の持分)に属しその旨登記簿上公示されていたものであり、また本件(イ)(ロ)の土地については原告正心、(ハ)の土地については原告弥五兵衛の各単独所有として買収計画が樹立され、また買収処分がなされたものであるから右買収処分は被買収者を誤つてなしたもので、そのかしは重大であり且つ外観上明白であるということができる。
次に本件(ハ)の土地に関する買収計画につき地番および所有者を誤つて樹立したので道農委はその計画を変更し、昭和二四年一二月二八日付をもつて地番を訂正、所有者を原告弥五兵衛として公告したこと、これに対し原告らは同二五年一月一六日道農委に対し、異議の申立をしたところ、道農委は同年三月三〇日これを棄却し、そのころ右決定書謄本を原告らに送付したこと、ところが右決定以前において被告は買収計画を承認し買収令書を交付しようとしたので、原告弥五兵衛がその受領を拒否したところ被告は同年二月一七日その交付に代えて公告をしたことは当事者間に争いがない。
ところで右のごとく買収計画に対する異議の申立があるにかかわらず、これに対する決定をなさない以前に買収処分が実施された場合には、右買収処分の実施は異議申立人である原告らに対して訴願の方法による不服申立をすることを奪つたことに帰着し、右手続上のかしは重大かつ明白なものといわなければならない。
次に証人中田仲男の証言により作成名義人名下の印影が真正であることが認められるところから真正に成立したものと推認しうる甲第九号証の一、二に同証言および証人堀田数馬・同木村一雄・同佐伯岩雄・同羽下福松・同川辺八蔵・同沢田沢次郎・同内城三蔵・同林兼蔵・同上市一主・同浅井安治・同森出広の各証言(ただし浅井・森出各証人の証言は後記措信しない部分を除く)原告有塚弥五兵衛本人の供述ならびに検証の結果を総合すると、本件土地は昭和一二年ごろから同一七年ごろまで水田として水稲が栽培され反当四、五俵の収穫をあげていたが同一六年ごろ同地の土功組合において本件(ロ)の土地の南西縁に用水路を設け、そのころから引き続き本件土地を水田とみて、その所有者に組合費を賦課していたところ、戦時中の人手不足から同一八年ごろ以降水稲の栽培を中止したため、よしなどの雑草や柳などが繁茂し、その後はめん羊・馬などを放牧するなど相当荒廃していたこと、原告らは水稲を栽培するため本件土地を買い受けたものであるが、右のような状態であつたのでもとの水田に復旧するため、昭和二二年春から引き続き同二三年秋にかけて相当数の人夫を雇いあるいは近所の民家に宿泊させ、あるいは掘立小屋を設けて泊らせるなどして、本件土地のほぼ全地域にわたり草を刈り、柳を切つてその根を抜き畔・排水路などの修理をしまた本件(ロ)の土地の南隅に原告弥五兵衛の住居を作るため五〇坪ほどの広さにわたり高さ三尺の土盛をなしたこと、なお右(ロ)の土地の南側約五町歩を馬耕をして開墾し、大豆・とうもろこしなどを植え、収穫は余りなかつたというものの二二年秋には大豆三〇俵、とうもろこし馬車に二台程度の収穫をあげたこと、右のように鋭意復旧に努力したため同二三年秋(本件買収計画樹立のころ)には馬耕をほどこせばただちに水稲栽培が可能な状態となつたこと、(ただし本件(ロ)の土地の南西縁は湿地帯のためあしなどが相当生えていた。そして現在においてもこのような状態が多少見られる)そして翌二四年春本件土地の一部を使用して水稲を栽培したものはその秋反当三、四俵の収穫をあげたことが認められる。右認定に反する証人坂内恒郎・同酒井善太郎・同浅井安治・同森出広・同藤木兼雄の各証言は前顕証拠に照らしたやすく措信できないし、また右坂内証人の証言により成立の認められる乙第一号証(原告ら作成名義の昭和二四年二月二七日付異議申立書)には、原告らにおいて本件(イ)・(ロ)の土地は完全に耕地となつていないと自認しているような記載があるが、それは当時における原告らの事実判断に過ぎないから右認定の妨げとなるものでなく、他に右認定を左右するに足る資料がない。
右事実からすると、本件土地は既墾地と認めるのが相当である。そうだとするとそれを未墾地であると誤認してした本件買収処分は違法であつて、そのかしは重大かつ明白なものというべきである。
以上みたように本件買収処分に存在する三つのかしはいずれも重大かつ明白なものであるから右買収処分は当然無効なものといわなければならない。
よつて原告らの本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(昭和三四年三月二五日札幌地方裁判所判決)
(別紙目録省略)